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今日の作曲家

ジョヴァンニ・バッティスタ・マルティーニ

04/24

ジョヴァンニ・バッティスタ・マルティーニ

ボローニャの作曲家、音楽理論家、並びに神父。19歳でサン・フランチェスコ教会の楽長になりました。
ルッジェーロ・レオンカヴァッロ

04/23

ルッジェーロ・レオンカヴァッロ

歌劇「道化師」で知られるオペラ作曲家です。道化師は世界中のオペラハウスで上演されている人気作品ですが、それ以外の作品は知られていません。
セルゲイ・プロコフィエフ

04/23

セルゲイ・プロコフィエフ

2人の姉が幼くして亡くなってしまったので、セルゲイは大切に育てられました。5歳で作曲をはじめ、9歳でオペラを書き、13歳でサンクトペテルブルク音楽院に入学しました。
ジュゼッペ・トレッリ

04/22

ジュゼッペ・トレッリ

バロック時代中期のイタリア人作曲家でヴァイオリニストです。合奏協奏曲というジャンルではコレッリの範となり、また、独奏楽器のための協奏曲を開拓した人、だそうです。
エドゥアール・ラロ

04/22

エドゥアール・ラロ

パリ音楽院でヴァイオリンと作曲を学びました。楽譜を出版する網膜いかず、しばらくは室内楽奏者や教えることをメインに活動していました。
ニコライ・ミャスコフスキー

04/20

ニコライ・ミャスコフスキー

軍人の家庭に生まれ、軍隊に入りました。早くから学才に恵まれていたものの、サンクトペテルブルク音楽院に入学したのは25歳の時でした。
ジェルメーヌ・タイユフェール

04/19

ジェルメーヌ・タイユフェール

フランスの女流作曲家。パリ音楽院に学び、フランス6人組の一人になりました。ラヴェルからも個人教授を受けていて、その才能を高く評価されていました。
フランツ・フォン・スッペ

04/18

フランツ・フォン・スッペ

当時はオーストリア帝国の一部でしたが、現在のクロアチアでベルギー系の貴族の家系に生まれました。
オットリーノ・レスピーギ

04/18

オットリーノ・レスピーギ

ヴァイオリニストやヴィオリストとして活躍したあと作曲に打ち込みました。ローマのサンタ・チェチーリア音楽院の作曲教授に就任し、交響詩「ローマの噴水」を書き上げますが、初演は失敗し、自信をなくしてしまいます。
ヨハン・マッテゾン

04/17

ヨハン・マッテゾン

本業の外交官の傍ら、音楽評論家として活躍。一方、ハンブルク大聖堂のカントルを務めながら作曲も行っています。いったい、どういう仕事をしていたのでしょうか。
ドメニコ・ドラゴネッティ

04/16

ドメニコ・ドラゴネッティ

生まれ故郷のヴェネツィアで活動したあと、そのコントラバスの驚異的な技巧が知れ渡り、ロンドンに招聘され、終生そこで活躍しました。
フェデリコ・モンポウ

04/16

フェデリコ・モンポウ

スペインの作曲家、ピアニスト。フォーレの演奏会を聴いて作曲家になる決意をし、バルセロナの音楽院で学びました。
ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル

04/14

ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル

バッハと比較されることが多いですが、バッハと同い年で、バッハより19年長生きしました。晩年、目を患い、手術をしましたが失敗しました。
ヨハン・ゴットリープ・ゴールドベルク

04/13

ヨハン・ゴットリープ・ゴールドベルク

バッハの有名な「ゴールドベルク変奏曲」は不眠症に悩むカイザーリンク伯爵のために、バッハの弟子であるゴールドベルクが安眠できるよう演奏するために書いた、とされています。
フランツ・ダンツィ

04/13

フランツ・ダンツィ

父インノチェンツ・ダンツィとともにチェロの名手であり、父の後任としてバイエルンの宮廷楽団、チェロ首席奏者に就任しました。
ヨーゼフ・ランナー

04/12

ヨーゼフ・ランナー

ウィーンで活躍し、ウィンナ・ワルツを確立しました。ヨハン・シュトラウスの先達となった人で、「ウィンナ・ワルツの始祖」と呼ばれているようです。
アルベルト・ヒナステラ

04/11

アルベルト・ヒナステラ

アルゼンチンの作曲家。アルゼンチンはタンゴだけじゃないですよ。地元ブエノスアイレス音楽院で学んだあと、アメリカでコープランドに師事しました。
黛敏郎

04/10

黛敏郎

同級生の矢代秋雄とともにパリ音楽院に留学しましたが、「学ぶべきものはここにはない」と1年で帰国、芥川也寸志、團伊玖磨と「3人の会」を結成し、作品を発表していきます。
ニーノ・ロータ

04/10

ニーノ・ロータ

フェリーニの映画音楽で有名な作曲です。音楽教師としてキャリアをスタートさせ、クラシック音楽の作品を書いていました。
ヨーゼフ・ヘルメスベルガー2世

04/09

ヨーゼフ・ヘルメスベルガー2世

ウィーン・フィルのコンサートマスターを務めたヴァイオリニストです。代々ウィーンのヴァイオリニストの家系で、父より音楽の手ほどきを受け、父のヘルメスベルガー四重奏団のセカンド・ヴァイオリンを務め、後にファースト・ヴァイオリンに転じました。
マティアス・ゲオルク・モン

04/09

マティアス・ゲオルク・モン

バロック期から前古典派へ移行する時代に活躍しました。モーツァルトの父、レオプルドと同世代です。
矢代秋雄

04/09

矢代秋雄

東京音楽学校(現東京芸術大学)で黛敏郎と同期で、卒業後、ともにパリ音楽院に留学しています。
ジュゼッペ・タルティーニ

04/08

ジュゼッペ・タルティーニ

修道士になるべく勉強していた時期に音楽の基礎を学びました。その後大学で法律を学び、年の差のある女性と結婚します。
ガエターノ・ドニゼッティ

04/08

ガエターノ・ドニゼッティ

ロッシーニが筆を折ったあと、1830年代のオペラ界をベッリーニとともに牽引していきました
シャルル=オーギュスト・ド・ベリオ

04/08

シャルル=オーギュスト・ド・ベリオ

ヴュータンやイザイを育てたましたが、弟子たちの方が有名ですね。ヴュータンが9歳の頃、この天才を連れてパリに行き、ヴュータンのパリデビューを成功させます。
イーゴリ・ストラヴィンスキー

04/06

イーゴリ・ストラヴィンスキー

「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」のバレエ3部作が特に名高く、これらが代表作なのですが、その後、次々と作風を変えていきます。
ルイ・シュポーア

04/05

ルイ・シュポーア

多作家で、交響曲9曲、ヴァイオリン協奏曲15曲、弦楽四重奏曲36曲、など作品番号が付いたものだけで150曲以上を残しました。
アルベール・ルーセル

04/05

アルベール・ルーセル

幼少時から楽才を発揮するも海へのあこがれから海軍兵学校に進みます。世界各地へ航海し、このときの経験が後に作曲家として役立っているようです。
ヨハネス・ブラームス

04/03

ヨハネス・ブラームス

バッハ、ベートーヴェンと並び、ドイツ3大B、と呼ばれる存在です。バッハはバロック音楽を締めくくり、ベートーヴェンは古典派からロマン派への幕を開けました。
ファーディ・グローフェ

04/03

ファーディ・グローフェ

誕生日の一週間後に亡くなりました。先週登場したばかりですね。ポール・ホワイトマン・オーケストラでアレンジャーとして活躍していました。